遅まきながらX’masプレゼント!
今日で中学部は今年の授業は全て終了。

元旦から中3生は正月特訓があるけどちょっと一息。

もちろん、高3生は休み無しで正月に突入で、一息なんて禁物です。

「息は絶対ははかない!」

それが、みかみ先生が去年も今年も受験生に伝えてきたことだから。

で、昨日はおそまきながらみんなにMr。Hondaから先週とどいていたアクラナミダほか4曲入りの新CDを配った。

みんなを代表していいます。

Mr.Honda先生ありがとうございまs〜〜〜す。

先生の応援に応えて僕らもがんばりま〜〜〜す===!!!









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「受験生応援ソング」
とどいたぞ=!
ニューリリース『サクラナミダ』by Mr.Honda!

日本中の受験生を応援するMr.Hondaの「受験生応援ソング第4弾「サクラバミダ」のCDがKECにとどいた。

さっそく荷物を開けると、あるある、クレジットが・・・・。

KECファンクラブ会長の「Welson」もちゃっかりサポートメンバーにクレジットされている。

さて、これを流しながら今日も面談させていただきま〜〜〜す!

あっ、塾生のみんなには冬期講習の初日にくばりますから楽しみにしてください!!

本田先生、感謝の言葉もありません。

冬期講習、応援しています!
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「受験生応援ソング」
できた〜〜〜〜っ!Mr.Hondaの『クラナミダ』!!
【プレビュー1・2番】受験生応援ソング第4弾「サクラナミダ」Mr.Honda

「サクラナミダ」
帰り道そっと足もとに隠れて咲く花に
気づかないままでいたのだけれど
ちっぽけな存在であればあるほど
他の誰も持ち得ないような秘めた才能に気づいたんだ

負けないで その足跡が永遠(とわ)に残るほどに
踏み出そう 強く…強く…強く…

いつの日か想いが 綿帽子のように空に舞い 
桜 涙 にじんで浮かぶ その日を描いている
誰かに笑われたって きっと星のように輝くから 
未来という木の下で 僕らは力の限り歌うよ


夕暮れが急に寂しく思えて のびた影追い
急かされるように歩いたけれど
背伸びして願いが叶うんじゃない 自分らしさ見失わないで
決めた歩幅が大切なんだ

迷わずに その足跡はいつか轍(わだち)となって
君のあとに道が残るだろう

背中に夕日を抱えたまま 僕は君と共に往こう 
“どうしてそんなに必死なんだ”と 人は不思議に思うだろうけれど
苦しみも悲しみも全部 咲いた花が桜色だったら 
忘れ去ってしまえるだろう 笑い飛ばそう その涙と共に

いつの日か想いが 綿帽子のように空に舞い 
桜 涙 にじんで浮かぶ その日を描いている
誰かに笑われたって きっと星のように輝くから
未来と勇気の下で 僕らは力の限り歌うよ

“努力という誇りを胸に おそれることなくただ往こう”と
決めたそのとき 支え励ましてくれる仲間がいることを知った
たとえ小さく消えてしまいそうな自分だとしても
ゆずれないものが 心の奥で叫び続けている 
だから今僕は ここにいる  サクラナミダ 今君と ここにいる
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「イベントといふもの」
今回僕の役割はどうだったか反省してみよう。

イベントというものは、人を集めればいいというものではない。

しかし、少ない人数ならば自塾でやればいい。

ちょっとした塾人を集めるのら、電話一本でいい。

でも、そんなレベルを超えたものにするには、「強い想い」が必要だ。

そして、「いろんな人の想い」が必要だ。

何を伝えればいいか。

僕達は、いつもそれを考えている。

だから、これはだけは伝えたかった。

こんな凄い「応援団」が受験生達にいることを!


会場を開けると大画面に受験生応援ソングのDVDが流れている。

そして、オープニングの前にビデオレターが・・・・。

そう、それがコレだ↓

金沢が燃える11.22 Mr.Hondaメッセージ(動画)



http://jp.youtube.com/watch?v=YevRCt7FX-o

Thanks So Lots, Mikami Juku.
Thanks So Much, Mr.Honda!
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「応援ソング」
Mr.Hondaが今年も受験生のみんなに贈る『応援ソング』の制作に取り掛かったらしい。
これは信じられないほど凄いことだと思う。

僕もミュージシャンになるつもりだった時代があったので、ふつーの人よりはそのしんどさがわかるつもりだ。

で、彼は普段は塾の仕事を分刻みにしながら、きっと今年も時間を割いて、死ぬほどのプレッシャーと戦いながら、受験生の為に彼にしか出来ない仕事をやりとげるだろう。

なにも手伝えない僕は、ただただ彼を日本一応援しようと思う。

そして、22日のイベントにも「参加」してもらうつもりだ。

今日、彼と話しして決めた。

なんせ、彼は日本一を目指すみかみ先生の『みかみ塾』のひとつ、本田屋「みかみ塾」なのだから、フツーのかっこよさではない。

僕はそこが、一番好きだ。

そんな「Mr.Hondaのココロ・トーク」からまた心に響く記事を引用させてもらう、っていうか全文掲載して僕のブログに来る人にも読んでもらいたい。

環境は君が作る、投げ出さない君に贈る歌
君が環境を作る。

大切な話を、努力の中で生きている君のために書いておこうと思う。


今、与えられている、もしくは自分を取り巻いている環境に不満があるとしよう。

君は「あぁ、だめだ、こんな環境だから、どうせ、○○できない」なんて嘆いていないだろうか?

それとも「なんでこんな環境に囲まれてしまったんだ、くそー」なんて言いながら投げ出してしまっていないだろうか?


そんな君に、今、とても残念なお知らせがある。


たとえ君がどんなに苦しみ、悲しみ、途方にくれていようとも、環境を言い訳にするその考え方をここで完全に否定しようと思う。

君がどれほど努力をし苦しんでいようとも、環境を言い訳にするなら、それを否定しようと思う。

否定という言葉は好きではないけれども、敢えて使わざるを得ないことを理解してほしい。




「あぁ僕は親がうるさくて厳しくて自分のことを理解してくれなくて・・・こんな環境で“勉強なんてできない”!」


と、君は勝手に想定しているかもしれないけれど、そうじゃない。
環境のせいでできないことは実際には何ひとつなく、「物事の捉え方」のせいでできないに過ぎないんだよ。君はただ言い逃れをしているだけなんだ。

視点を変えてみよう。

「なぜ、君の親はそんなにしつこく勉強しなさいと言うのか?」
「なぜ、君の親はテレビばかり見ている君を注意するのか?」
「なぜ、君が好き嫌いをして食事を残すと、がみがみ言うのか?」
「なぜ、君の親はメールばかりしている君から携帯電話を取り上げようとするのか?」



ラッキーだ、君はツイている、愛されている、理解されている、ラッキーだ。
だってそうだろう?考えてみよう。


「なぜ、君の親はそんなにしつこく勉強しなさいと言うのか?」
→君が勉強をしないと将来職につくことができず、貧乏にさいなまれて人生を投げ出してしまうかもしれない。それを教えてくれるなんてなんてラッキーなんだ。

「なぜ、君の親はテレビばかり見ている君を注意するのか?」
→君がテレビばかり見ていて、生きていく上で大切なもの(学ぶこと、愛すること、信じること、尊敬すること、素直になること、強い意志を持つこと、忍耐力を養うこと、感謝すること)から目をそむけていることに危険信号を送ってくれている。なんてラッキーなんだ、君はツイている。

「なぜ、君が好き嫌いをして食事を残すと、がみがみ言うのか?」
→危ないところだった。本当に危ない。君がコーラばかり飲んでお菓子ばかり食べて、好きなお肉とチョコレートだけを食べて続けたら、君の体に栄養が行き渡らず、若くして栄養失調でダウンするところだった。君の体は君の夢の実現のために欠かすことができない。あぁ、夢がちゃんと実現できて幸せになるチャンスを失うところだった。あぁよかった。


「なぜ、君の親はメールばかりしている君から携帯電話を取り上げようとするのか?」
→もう言葉では言い表せない。なんて君は幸せ者なんだ。このままメールをし続けて自分自身という存在の節度を失い、君の口からはいつしか悪口や批判やあることないこと、嘘や虚言まで飛び出して、正気を失うところだった。ちゃんと現実のこの世界に戻れてよかった。あぁ親は君のことを理解してくれていてよかった。ツイてる。

視点が変わればすべてが変わる。
そう、そうなんだ。君の周りで起こることすべてが、君の捉え方で決まる。

この「物事の捉え方」のことを、人は「考え方」と呼んでいる。


忘れないでいてほしい、「物事の捉え方」「考え方」を変えると環境は変わる。君を取り巻くすべては変化するんだよ。

そういう意味で環境とは、君の捉え方・考え方で生み出されるものであると言えるんだね。


今君がどんなにつらく悲しい思いをしていても、いつか必ず笑顔でいられる日が来る。
いや、むしろそのように考えられるように努力しつづけるんだよ。勉強し続けるんだよ。


君はもしかしたらこんな質問を投げかけてくれるかもしれないね。

「親がまだ小言を言ってくれるならいいけれど、家の中(の関係、環境)はめちゃくちゃで困っている」
「家庭環境が悪いから、勉強に集中できない。それでも勉強しろっていうの?」


はい、その通り。完全に否定するといったはずだよ。

どんなに家庭環境が悪くてもそれは家庭環境なんだよ。
つまりそれは「君自身の環境」じゃない。人の環境と自分自身の環境を混同してはいけない。家庭環境は、親や兄弟の環境かもしれないけれど、君自身の環境ではないんだよ。
大事なのは「君自身の環境を君がどのように生み出しどのように歩くか」なんだよ。


僕の話を少しだけ聞いてほしい。
僕は物心ついたときから家庭環境がめちゃくちゃだった。ありがたいことに両親はいたけれども、365日、親同士が毎日喧嘩をし続けたんだよ。父も母も一日も喧嘩を欠かしたことはなかった(なかなか凄いよ、これは)。それが10年、15年って続いた。包丁が出てくることもあったし、屋根から突き落とされる(当人同士が)、なんてこともあったよ。悲しい大人同士の極めつけは警察と裁判所・・・だね。
僕は争いが嫌いだったので、なるべく喧嘩に入らないようにしていたんだけれどね。

さあ、もし君がこの環境を考えたら「勉強なんてできないよ、やらないよ、無理だよ」と言うかもしれないね。

でもそれは君の考え方であって、真実ではない。

ではそのとき、中学生の僕はどう考えたか?
それは・・・「勉強は、ひとまず、できなくちゃ」だ。ただそれだけ。
環境を「自分ができない言い訳」になんてしたくなかったんだよ。
だから学校の授業を真剣に受けていたし、通知表はオール5だった(ただし音楽は・・・3・・・残念)。受けたテストの半分くらいは100点だったよ。


要は、「自分が自分の環境をどう考えるか?」それだけなんだよ。

君がどんなに苦しみ悲しみ逃げ出しそうになっても、諦めて投げてはいけない、絶対にだ。

時には弱音を吐くかもしれないし、逃げてしまいそうになることもあるだろう。いつも真っ向からぶち当たる必要はないし、時には逃げ腰でやり過ごしてしまってもいい。
でも、投げてはいけない。絶対に。

環境は君が作る。今すぐに作れなくても、やがて作れる、そう信じてがんばってほしい。
あきらめさえしなければ、必ず君が望む環境を生み出せる日がくる。必ずだ。

人生は君の思い描くように作られている、そう思う。

「君が今の環境」を嘆くのか?それとも幸福を描くのか?
それは君が決めることだ。君にしか決められない。
僕の結婚式は母だけの出席だったけれども、僕は幸福を描き続けている。




この記事は誰に読んでもらえるのかも、君に届くのかもわからない。

ただ、「何かのせい」にして自分の可能性を捨て、未来を捨て、あきらめ投げ出してしまうことだけはしてはいけないと、ただそのことを君に伝えたい。



君の環境は君が作る。

君の未来も、君の幸福も。



・・・・・・・・・・・・・・・。

以上、掲載終わり。

・・・・・・・・・・・・・・・。

君の心に届いたかな。

・・・・・・・・・・・・・・・。

凄いね、Mr.Honda!

僕は本気でそう思う。
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「Mr.Honda」のブログ
修行という名の青春!
ことしの春期講習会のときに、大阪のかりん先生と一緒にKECに来て頂いた山口はあの本田屋『みかみ塾』の塾長、Mr.Honda先生のブログに昨日こんなぐぐっとくる記事があった。

ご自身の20代のことをかいていいるのだけど、すっごく身近に感じる内容だったので、勝手に紹介しちゃいます。

20代の話/忍耐力を養う修行
20代中盤から後半の若い時期の過ごし方は、非常に大切だと思う。
人の未来の仕事スタイルを大きく左右するのだろうと思える。

これは仕事の話だ。

「若さゆえに無理がきく」といってしまえば安易すぎて毛嫌いしてしまう人もいるだろうけれども、無理がきくのだから特別に「忍耐力を養える」時期であり、同時に「高い次元で成長曲線を描ける」ということをも意味している。

もちろんそれ以降の30代、40代であっても同じように成長できるだろうけれども、無理がきくことは20代ならではの特権だろうと思う。

実際出会う人の中には、20代で苦労を重ねた人と、20代で手を抜くことを覚えてしまった人の両者がいる。
交流させてもらう中で、前者に大きな情熱と魅力を感じるのはなぜだろう?
苦労の中で蓄積されていった知恵や情熱、学びや生き方、やさしさ、思いやり、信念といったものの存在が大きいのではないかと考えてしまう。
人から感じる「たくましさ」は、まさに苦労から生み出された強さなのだろうと思う。


もちろん生きていく中で、つまり歳をとっていてもリベンジはできるのだけれど、そこにはさらなる労力が必要だろうと思う。

若いと呼ばれる時期だからこそできる実力養成「忍耐力を養う修行」、これは20代の特別な修行なのではないだろうか。


今私は、20代の仲間を多く抱えているし、仲間たちにも今しかできない努力・がんばりを経験してもらいたいと考えている。

私自身、これまで比較的ハードな職場を経験してきているし、忍耐の重要性は強く認識している。

たとえば、テレビ局での仕事は、朝の3時まで編集をしてそのまま朝の5時から生中継に出発、なんてことはざらだったし、その合間にしていたアーティストの仕事は、休暇をすべてつぶすものであった。プロとしての自覚のもとに、空き時間はすべてスタジオ練習に費やしたものだ。レギュラーでやっていたラジオのパーソナリティーの仕事は車で2時間ほどのスタジオだったが毎週通った(あの頃は特に話が下手で今思い出すとずいぶん恥ずかしい。高校生向けの音楽番組でゲストに高校生を呼んでトークをしていたが、何の因果か今は塾で子ども達を教えている。これはちょっと自分でも興味深い)。VTRの編集などは、当然若くて下っ端だったので、先輩や上司皆が編集室で仕事をし終わってから空いている時間を見計らって行うというものだった。当然空いている時間は深夜なのである。いつも編集室は混雑していた。ちなみに私にとって編集室は遠く、その頃、職場までは毎日車で1時間かけて通っていた。いつも帰るのは夜中12時を回ってからだったから、車の運転もかなり過酷なものだった。運転中たった一度だけ、一瞬(2秒くらい)眠ってしまったことがあった。さすがに命の危険を感じた(笑)。もちろんそれ以来そんな経験はない。ディレクター陣が職場に泊りで仕事をするのは普通だった。ソファーで寝るというのもなんだかすさまじい。今だから書けるが、週に2回ほど点滴をしながら仕事をする日々だった。あまり回数が多くなると点滴をしてもらえないから、2つの病院に交互に通って点滴をお願いしていた。今思い出すと「いやー疲れてて!あはっ(*^^)v」と笑っていた自分が怖い(くれぐれもよい子は真似しないでね)。

また、テレビの現場というのはあまり知られていないが、罵声の飛び交うシビアな世界である。1秒を争うのだから、指示に敬語や丁寧語など一切ない。クッション言葉などあろうことなら、生放送では放送事故が簡単に起こるだろう。「こき使われる」という表現は好きではないが、上下関係は厳しく、上からの指示は常に命令であり、修行僧のようにてきぱきと皆が動き回る現場だった。


今の仕事と比べても、もはやどちらが忙しいと判断しにくい。体力を考えると、今のほうが年齢的にしんどいが、実際は20代の頃の仕事のほうが重労働だった気がする。

重労働であるかどうかで何かを判断するわけではないが、20代前半〜中盤にかけて取り組んだ仕事が、20代後半から30代の今に大きな影響を与えているのではないかとやはり思う。

悔しさや苦しさや涙も、今となってはよい経験、笑い話のようなものに変わってしまった。


20代で培える忍耐力は、とても貴重なものだと思う。
ここで手抜きをしたか?そうでないか?が30代以降の仕事を左右してしまうかもしれない。

手を抜くのは簡単、楽をするのは簡単、でもそれは歳をとってからいくらでもできることなのだと思う。


頭脳を使うな!と書いているのではない。

いつも頭は使わなければならないけれど、それと同時に常に「辛抱強さ」「忍耐力」を養う必要があるということなのだ。

若い時期に苦労を買ってでもしろ、ということでもない。

自分の成長に必要なハードルをちゃんと飛び越える努力をしなさい、そのために必要な筋肉をつけなさい、ということなのだ。



どのような経験もそれが自分の上に降りかかってきたものであれば、意義深く得るものが大きいと考えることができれば、成長していけるはずだ。
同じような苦労が来てもすべてはその人の考え方次第というわけだ。

忍耐力の修行をどう捉えるかで、描く成長曲線は変化するだろうと思う。
そうやって(20代の)若いみんなに、自らの成長のために頑張ってほしいと願っている。




じゃあそこまでして何を手に入れたいの?と問う人もいるかもしれない。

確かに若いころの経験で、お金が入るわけでも、贅沢が増えるわけでも、幸福が増えるわけでもない。
手に入る「物」などたいしてない(収入が増えるかもしれないが収入が増えることだけが幸福ではないだろう)。


得られるもの・・・・
それは・・・
ただ「しっかり自分自身と向き合えるようになる」、そう、ただそれだけなのかもしれない。



自分と向き合い、人生に向き合える者はいつも強い。自分と向き合うことができるなら、どんな苦境であってもその先に希望を見出せるだろうと思う。
歳をとればとるほど、充実感にあふれた仕事と生活を送ることができるのではないかと考えている。

今流行りの「自分探し」なんていうのはどうでもいいじゃないか。
自分はもうそこにいるのだからそれで十分。それより「今そこにいる自分」とちゃんと「向き合おう」じゃないか、なんて思う。
探しても見つからないって人が多いんじゃないだろうか?自分はもうすでに「ある」んだから、それなら自分を掘り下げてみればいいじゃないか、「自分を発掘」すればいいじゃないか、そんな風に思う。




自己憐憫から脱出できる人生はいつも尊い。
自己憐憫、これほど悲惨な思考はない(少なくとも私自身は小さい頃から自己憐憫の海に溺れていた)。「あぁなんて自分はかわいそうだんだ」を脱出できなければ、本当の強さと幸福は訪れない。自己憐憫からの脱出も、多くの学びがなければ実現しないだろう。


長くなったが、仕事は人生を形作る大事なツールだ。学べることも多い。仕事からの教訓を人生に生かすも殺すも自分次第だと思う。
そしてこの有意義なツールを、せっかくならば若い時期から存分に活用したいものだ。



いつか苦労話が笑い話になる日がきっと来る。


20代の忍耐力を養う修行の日々は、とても有意義なものであるに違いない。
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「Mr.Honda考」
『Mr.Honda』のブログ・エッセンス!

昨日、中3塾生たちに渡したMr.Honda先生からのプレゼント、『ココロ・トーク掘戮枠爐稜い「ブログ・メッセージ集」だった。

僕は全てリアルタイムでその記事を読んでいたが、とっても好きな記事もあって嬉しかった。

たとえば、2007年11月12日に書かれた『君の送信履歴』だ。

これは、塾業界ニュースサイトの雄、『りんごアンテナ日記』や、超有名ブロガーの『ヒカリ先生』(最近、とてもファン!!)にも紹介されていたが、改めて冊子で読むと彼が「伝えたいこと」が行間からにじみ出てくる気がした。


そう、そうなんだよね。

紙媒体で読むと、文章が逆にリアルに感じ取れる。

ま、それは僕自身の加齢のせいかもしれないけど・・・。


ところで、このブログ集には同じ2007年11月12日の記事が『君の前に並べられた夕食』『自分磨き』とあわせて3つも掲載されている。

『君の送信履歴』の記事は、彼がブログを書き始めてちょうど1000タイトル目であったことも、僕にその記事やその日を印象強くさせたのかもしれない。

ともかく、改めて目にする冊子『Mr.Hondaのココ・トーク掘戮呂海龍罰Δ砲いては圧倒的に「善なるモノ」であることだけは、誰もが認めざるを得ないだろう。

そして、僕はこの冊子の一番最後に載せられた昨年末の12月29日のブログ記事『人の傍ら』が、今のMr.Hondaのココロであることを、尊敬を込めて嬉しいと思うのだった。


子ども達へ「人の傍ら」

いつもあなたが
”素晴らしい”と思える人のそばにいなさい。

自分より優れているとか、自分には持ってないものをもっていて素晴らしい、
そう思える人たちと共にいなさい。


尊敬できる友のそばにいなさい。




やさしさや温かさに溢れた友の手を握りなさい。
おもいやりのある人のそばにいなさい。


勇気と情熱を持つ友と歩きなさい。

真実と正義を信じる友に手を差しのべなさい。

時には苦しみ涙しようとも共に戦いなさい。



そしてあなたはあなたを磨き続けなさい。
努力を惜しまぬように。





自分より優れていると思える人のそばにいなさい。

尊敬できる人のそばにいなさい。



いつもあなたが
”素晴らしい”と思える人のそばにいなさい。
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「感激の贈り物と嬉しい言葉」
『成績を上げる7つのココロ・掘戮・・・・!!

昨日は夜に塾へもどって、中3生の面談をした。

今日、公立高校の推薦入試があるので、最後の「作文」添削を口頭でしていたのだ。

学校で行われてた個人面談についての相談も何人かあった。

その面談の間に郵送されてきた荷物を送り主も見ずにあけたら、びっくり!

なんと、コレ→

が入っていた。

わ〜〜〜〜〜っ。

『成績を上げる7つのココロ・掘戮澄瓠瓠瓠!!

これで、3冊になった。

←というか、三部作だ!

黄色の1冊目には「スペシャルに勉強がでるようになりたい中学生のために」というキャッチ・コピーがあった。

緑色の2冊目は「超スペシャルに勉強ができるようになりたい中学生のために」とうコピーだった。

そして、3冊目の桃色の冊子には「勉強がんばるすべての子ども達へ」とある。

・・・・・・・・・・・・!

なんだか、とても強く、胸が締め付けられた。



テーブルの横にどかーんと積んで、面談を続けた。

次の日推薦入試を控えている塾生たちは早めの帰宅をするので、次々と事務所に顔を出した。

僕は、積んである「ココロ・トーク第3弾」を手渡した。

友達と連れ添ってきた「Tちゃん」が言った。

「わ〜、やった!今夜は、コレを読んでねま〜す。」



その「大切な冊子」を手にしながら、帰り際に「合格するように、塾長のパワーを頂戴!」と冗談交じりに、でも真剣にいう彼女達に「儀式」をした。(笑)

僕の「祈祷」よりも明日は、「Mr.Honda」が付いているって心で思った。

まだ授業が終わっていない中3生の全クラスに、「大切な冊子」を配った。

みんな一斉に勉強している手を止めて、「ココロ・トーク集」を開き始めた。



本田先生、本当にありがとうございます。

僕は、ずっと、あなたの「応援者」でいることを誓いました。
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「Xmas プレゼント」
「Mr.Honda」から、『ココロのクリスマスプレゼント』届いた〜〜〜!!!

わおう、KECにサンタがやってきた。

っていうか、サンタからのX’mas プレゼントが贈られてきた。

それが、コレだ”””===!!!⇒

超スペシャルに勉強ができるようになりたい中学生のために

「成績を上げる7つのココロ・供

by Mr.Honda(ミスターホンダ)

なのだ!!

面談で「成績を上げる7つのココロ」はみんなに配った。

保護者の方にも、伝えたばかりだった。

でだ、第2弾だと?!

なんという、凄さだ。


ホンダ先生〜〜〜〜〜〜〜っ!

とっても、とってもサンキューでした。


明日から、さっそくみんな配布させていただききます。

そして、僕は、みんなにこの「大冊子」を使って、
モチベ・トークをさせていただきます。

先ずは、『フライドポテト目標設定』からです。

本当に素晴らしいクリスマスプレゼントをありがとうございます。

塾生に変わって、御礼申し上げます。
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「私信」
「私信」だけど「公開」しちゃうぞ、「新企画」!
わ〜〜〜っ、本田殿!

先生の「大」冊子の追加分、今日届きました!

金曜日から始まる個人面談会で、超「もったいぶって」保護者の方や塾生にお渡しできます!

もちろん、保護者の皆様にはMr.Honda先生の紹介コメントつきでっせ!

これで、Mr.HondaはKECの保護者にも超有名人になるわけね!!

うっしゃ!!!

がんばらさせていただきまっす。


あ〜〜〜〜っと、「イベント」に関しては、『Mr.Hondaプロジェクト@KEC』を「新企画」として来年始動しますよん。(わおう!)

内容は極秘ですが(笑)そのうちご相談いたしますので、ヨロシク!

「コラボ」ですから損はさせませんタローで〜〜〜〜〜す===!!

おまかせくださいまし。
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