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村上龍と村上春樹
ダブル村上の「はじめての文学」と「希望の国のエクソダス」
高校入試のことが続いたので、ちょっと一休み。

先日、文芸春秋から「はじめての文学」という全12巻のシリーズが刊行された。
なにが初めての文学か「いみわかんねー」なのだが、要は12人の作家の短編集で、そのラインナップが私ごときでも全て読んだことのある有名作家ということだ。
中には多分ほとんどの作品を読破している作家もあって、ちょっと嬉しいかも。
初回は、村上春樹と村上龍。
以前にも村上春樹の訳本をとりあげたが、今日は「ダブル村上」のもう一方、村上龍の方。
言いたい放題言わせてもらうと、龍さんのファンの一人を自認するが、面白い本もあればつまらない本もある。(あたりまえか!)
家人に言わせると「乱調作家」ということになる。
ま、当たらずも遠からずかな。
乱調といえば「エコーズ」のバンド時代からファンでもあり、(なんかファンが多いな)以前イタリアに旅行するきっかけになった、辻仁成も「乱調」の一人かも。(関係ないか!)

本書の「まえがき」で彼も書いているが、最後に収められている「希望の国のエクソダス」は、主人公が中学生。
集団不登校によって、日本の教育システムから離脱しIT&金融ビジネスで成功を収め、北海道に独自通貨を流通させた半独立国を作るという物語。

彼は同じ前書きで、現在のいじめによる自殺に対して、日本政府の抑止力に疑問を呈している。
ここ数年、青少年の現況を膨大なる取材から分析している彼の各方面での言辞には、共感することが多々あった。
そういった背景も踏まえ、この本の読者層である若い人たち(なんでロートルのオイラが買ったのだろう?)に本編を読んで欲しいとの思いで、3章だけ掲載したという。

出版時にネット販売の特別仕様(内容を選択できる)で「取材ノート」つきの本編を読んではいたが、確かにその後、ビジネスにおいても教育環境にしても、作家としての「先見性」を内包した作品だったと言える。
「エクソダス」だなんて、エチオピア→ジャマイカ→レゲエという文脈を思い出すのが我々の年代。

KECの書架にも「誰か読まないかな」と当時しばらく置いていたが、読んだ塾生いたっけ?
6年後の今ならより面白く読めると思うので「推薦」なのだ。
| SHIGEHARU FUJITA | | comments(0) | trackbacks(0) |
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